今年早々に星野仙一さんの訃報に接して
星野仙一氏の人物像をメディアで目にする度に
消失感を覚えます。
初めて星野仙一を見たのは
現役の後半でした。
ナゴヤ球場の試合前の練習時間に
試合を観に行っていた私は
フェンスのところまで降りていって
ブルペンで若手が投球練習しているのを
近くで観ていました。
そこへ鋭い眼差しをした青年将校の様な
星野仙一が歩いてきました。
ダラダラ練習していた感のあった若手の
背筋が伸びたような感じがしました。
ファンも同様です。
雰囲気が一瞬で変わったのです。
これが星野仙一なんだ!
まだ若かった自分も星野仙一のオーラに
衝撃に似た感覚を持ちました。
なにせ格好良かったです。
ブルペンで何か指導していたわけでは無かったと思います。
話をしたわけでもなかったと思います。
ベテランの選手だが星野仙一は監督やコーチ以上にチームの統制をとっていたのかもしれませんね。
そんな青年将校はその後引退してNHKの解説者としてスポーツ番組のメインキャスターとなり
中部地区のスター選手だったのが
一躍全国区になりました。
そして青年監督になり
ドラゴンズをやがて優勝へと導きました。
ナゴヤ生まれで物心ついた時からの
ドラファンですから
星野仙一監督がやがて退団してすぐに
阪神の監督に就任した時は
裏切られたように思ったものでした。
球団との確執なのか
OB会も除名されていると読んだ記憶があります。
阪神を優勝させ
楽天を日本一にさせて
将来はコミッショナーを任されるだろうと
思っている矢先
今回の訃報
もう一度ドラゴンズを立て直してもらいたいと
ファンは思っていました。
極める生き方をして来た星野仙一
青年将校のままの星野仙一
人情、愛、優しさ、厳しさ、あたたかさ
様々なエピソードがメディアで紹介されました。
巨人に立ち向かって燃えた生き様。
人生は、たかが人生、だからこそ
極めることが難しい。
その中で真を貫いた人物として
これからも紹介されると思う。
ランドマークが倒れ
巨星が落ちた。
そのせいでしょうか
消失感があります。
50年も前に見た青年将校のような星野仙一は
70才という若さで旅立ちました。
ご冥福を祈ります。
今でもあなたは
中日ドラゴンズの星野仙一です。
星野仙一さん
ありがとうございました。
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